国語が苦手な生徒に文章を最後まで読まずに感覚で答える、接続詞や主語を無視する、語彙を調べない、根拠を客観的な記述ではなく自分の想像に求め、時間配分を無視して解き進める行動が特徴ですがあります。
国語が苦手な生徒に感じる事がある「思考のクセ」を書いていきます。
行き当たりばったりな考え 数学は「足し算の延長が掛け算」みたいに、学習の導線がハッキリしていることが多いです。でも国語は、それぞれの学習が具体的過ぎてどう繋がっているか見えにくくそのせいで、「国語はその時出された文章との運勝負」という「積み上げ」が見えにくいという罠に嵌りがちです。実は、過去に習った接続詞や文の構造の知識は、すべて新しい文章を解くための「武器」として積み上がっていることを忘れてしまっていることが多いです。
「センス」という言葉に逃げない 「センス」という言葉で片付けてしまうのは危険です。数学で「この計算は足し算の気分」とは考えませんよね。実は国語も同じです。苦手な人ほど「なんとなく共感できるから正解」といった感覚で答えを選びがちです。しかし本来の読解は、本文の中にある根拠をもとに判断するもので「なぜその答えになるのか」という理由は、必ず文章中に存在します。つまり国語にも、数学の公式のように再現性のある“解き方の型”があるのです。
「パーツ」を持っているだけでは宝の持ち腐れ 漢字や語彙は、読解力の土台ですが、数学でいえば「数字の書き方を覚えた」だけで、漢字や語彙はあくまで文章を理解するための「パーツ」にすぎません。重要なのは、それらを使って文章全体の意味を組み立てたり、筆者の主張を正確に読み取ったりする力です。こうした「使いこなす訓練」が不足していると、せっかく身につけた知識も単なる暗記で終わってしまいます。読解力を伸ばすためには、知識を活用する練習を意識的に積み重ねていくことが欠かせません。
例えば数学が得意な人なら、国語も「論理のパズル」として捉えれば、文章内の情報を「比較・分類」し、どの情報がどこに繋がるかを論理的に組み立てること。
まずは「なぜこの答えになるのか」を、誰かに説明する練習から始めてみてはどうでしょう?

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